Essay   
   

 自分の書いた文章が初めて商業誌に掲載されたのは高校1年のとき。小説ジュニア(集英社)という月刊誌だった。ある日、友人に借りた小説ジュニアをめくっていると、見開き2ページに自分と同じ高校1年生の読者が書いた文章が載っていた(本人の顔写真入り)。エッセイというより、「青春の意見」のようなテーマ性のある文章だ。ふと、応募要項を見ると、掲載者には謝礼として2000円を贈呈とあったので、わたしの胸は踊った。そう、金額にひかれて応募しようと思い立ったのだ。2日くらいかけて1000文字程度の原稿を書き、学生証用の写真を添えて応募した。採用される自信はまるでなかったが、翌月か翌々月だったか、よく覚えていないのだが、めでたく掲載されているのを書店で発見。正直、驚いた。自分の顔が載ってしまったので、急に恥ずかしくなった。
 そして、未知の人たちから10数通の手紙が届いた。開封してみると、掲載記事を読んだ感想や近況などが綴られ、なかには文通を希望する人もいた。毎日のように届けられた手紙は50通近くになった。女子が多かったが、どういうわけか男子もいて、こちらが断りのはがきを書いてもさらに続けて何通も送ってきたので、正直いって怖くなったものだった。
 当時は個人情報云々という時代ではなかったので、わたし自身、自宅の住所の掲載には何の抵抗もなかったし、編集部も実にのんきなものだった。わたしは反響の大きさにびっくりしつつ、未知の人から手紙をもらうということがなんとも奇妙に感じられたのだった。
 現金書留で送られてきた謝礼の千円札2枚がうれしかった。当時の高校生にとって2000円は高額だった。なにしろ、単行本が400円くらいで買えたし、映画も2本立てで500円ぐらいで見ることができた。LPレコードが1枚1800円。いま思えば、2000円は初めての原稿料?であり、初めて稼いだ?お金でもあったので、しばらくの間、机の引き出しに封筒ごと入れておいたのを覚えている。
 ちなみに、採用された原稿のタイトルは「世界情勢における若者の立場」といった大げさなもので、翌年の校内の弁論大会でもそのタイトルで出場したのだった。
 掲載ページは記念として切り取って保存。しかし、どこにしまったのかすっかり忘れてしまい、探してみたが見つからない。たぶん、もっと大げさに探すと出てきてくれるような気がしている。
 43年の歳月が流れた。思い起こせば、あのとき、自分の書いた文章が活字になる喜びを知ったが、具体的な将来の夢を描いたわけではない。いつしかそんな16歳のころを忘れてしまい、右往左往、七転び八起きなどしながら、ごく自然に活字の世界を漂っていたという具合である。

    (1)2012年、わたしは辰年女

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