ドラゴン・タトゥーの女
(2011年/アメリカ)

 デヴィッド・フィンチャー監督が95年に撮った『セブン』から受けた大きな一撃は後遺症が残るほどだった。モーガン・フリーマンとブラッド・ピット扮する刑事が追ったのは、キリスト教の<7つの大罪>をモチーフにした凄惨な殺人事件。賛否が分かれた衝撃的なラスト10分。そぼ降る雨、どんよりとした空の下で捜査を続ける刑事の焦燥感と閉塞感が漂う狭くて薄暗い場所から、ようやく被疑者確保に至って抜け出た先が太陽の明るさと空の高さを強調する広大な荒野。俯瞰するカメラがまるで神の目になってとらえたような残酷な<時間>。いま思い出しても鳥肌が立つほどだ。『セブン』はフィンチャー監督がスタイリッシュな映像と実験的なノイズを駆使して、二人の刑事の心理と、猟奇的殺人を続ける犯人の心理に迫った、一種哲学的で格調高いミステリーだった。
 前置きが長くなってしまったが、フィンチャー監督の9本目に当たる『ドラゴン・タトゥーの女』は、世界的ベストセラーとなったスウェーデンのジャーナリスト、スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』3部作の第1部が原作だ。残念ながら、わたしは原作も読んでいないし、スウェーデン映画のほうも観ていないのだが、フィンチャーの世界を楽しむことができた。猟奇殺人事件を追うというシチュエーションとスタイリッシュな映像の雰囲気は『セブン』に通じてはいるが、こちらのほうがエンターティメント性が色濃く表現されていたように思う。
 センス抜群のタイトルバックが刺激的、挑発的だ。流れる音楽はナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーがアレンジを担当したレッド・ツェッペリンの「移民の歌」(ボーカルはヤー・ヤー・ヤーズのカレンO)。黒い液体と人物像の地を這うようなイメージが続き、この2分半に作品のすべてが集約され、完結されているような感じだ。さすが、ビジュアルにこだわるフィンチャー監督。このタイトルバック、『移民の歌』のMVとして販売してくれたらうれしいのだけれど(ツェッペリンも苦笑?)。

 ストーリーは、ジャーナリストのミカエルがスウェーデン有数の財閥の会長から、40年前に一族が住んでいた孤島から消えた親族の娘の失踪事件を究明してほしいと依頼され、女ハッカーのリスベットと共に調査に乗り出し、やがて、想像もしなかった事実が明らかになっていくというもの。一族にまつわる忌まわしい過去の記憶などといえば、日本映画なら、つい横溝正史の映画化作品などがを思い浮かんでしまうが、そこは北欧。白人至上主義、ユダヤ人迫害、神にまつわる伝説などが暗い影を落とし、宗教的色彩も帯びてくる。正直な話、ストーリー自体には新しさや意外性はない。最後まで引きつけられるのは、ルーニー・マーラ演じるリスベットの人物造形にあるからだろう。人によっては(スウェーデン映画を観た人や原作を読んだ人など)、ルーニー・マーラではリアリティがない、物足りないという向きもあるかもしれないが、フィンチャー監督の美的感覚によって生み出されたリスベットであることがこの作品のポイントなのだと思った。
 小柄で華奢な外見、パンキッシュなユニセックス風のスタイル。顔に数個のピアス、眉毛の脱色、ヘアスタイルも凝っていて、前髪は極端に短くし、サイドを長くしたアシンメトリー・カットで、モヒカン風、編み込みといったアレンジがオシャレ。ボディの龍のタトゥー。モノトーンを基調とした洋服と装身具。黒の革ジャン、フード付きのジャケットやコートがよく似合う。黒づくめのジャケットに身を包み、バイクにまたがった彼女の姿はカッコいい。後半、ブロンドのウィッグを付けたセレブの女に扮装すれば、仕立てのいいコートやワンピースもピタリとはまる。
 一人暮らしの部屋のインテリアと生活習慣も興味深い。愛用のパソコンは、たぶん、MacBook Pro。余談になるが、わたしも昨秋購入したのだが、それまで使用していたMacBookのホワイトボディが気に入っていたので、最初はそのアルミニウムボディには違和感があった。しかし、リスベットの相棒のようなMacBook Proが存在感を見せつけてくれたので、個人的にもうれしくなったものだ。
 23歳のリスベットがどんな環境で育ったのか。彼女が調査員やハッカーであること、後見人の存在、ミカエルとの会話、そして衝撃的なシーンの展開などから、悲惨な体験をしていたことがわかる。しかし、リスベットは感傷に浸ることなく、クールに次の行動へと突き進んでいく。そうやって生きてきたのだろうと思わせるほどタフなのだ。そして、彼女が惜しげもなく裸になって、親子ほど年の離れたミカエルに迫るシーンもエロティックというよりは、どこかはかなげで可愛らしい。ミカエルとの出会いから彼女の内面に微妙な変化が生じたのだろう。クールなポーカーフェイスなのだが、不器用なところが垣間見えてくるので、ほほえましくもある。
 ルーニー・マーラはフィンチャー監督の前作『ソーシャル・ネットワーク』で主人公のガールフレンド役として出ていたが、本作ではまるで別人。先日のアカデミー賞の授賞式でドレスアップしていたルーニー・マーラの姿は、上品で綺麗だった。という具合に、リスベット=ルーニー・マーラのことばかり書いてしまった。
 ミカエル役のダニエル・クレイグは、『007/カジノ・ロワイヤル』をDVDで観たときは、辛気くさいというか、ジェームズボンド役には合わないような感じがしてほとんど興味がなかったのだが、本作のジャーナリスト役は知的で人のいいダンディな中年男といった感じ。また、脇役たちも多彩だ。会長役のクリストファー・プラマー、ミカエルと大人の関係にあるロビン・ライト、一族の一人ステラン・スカルスガルト、憎き後見人役のヨリック・ヴァン・ヴァーヘニンゲンという俳優などは気持ち悪くなるほどの怪演。そして、若かいころのクリストファー・プラマーという設定で、なんとジュリアン・サンズがいくつかのシーンに登場していたのを発見して、とても懐かしかった。
 この作品はストイックなラブストーリーという側面もあると思う。ラストは切ない余韻が残った。
 原作が3部作であること、ダークサイドなヒロインの誕生ということから、続編が作られるのだろう。あのタイトルバックを再び観たいものである。

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