J・エドガー
(2011年/アメリカ)

 クリント・イーストウッドはここ10年で10本の映画を撮っている。今年82歳で、そのパワーには圧倒されるばかりだ。本作はFBI初代長官J・エドガー・フーバーの伝記だが、そこはイーストウッド、フーバーの人生を時系列でドラマチックに仕立てることはしない。ジャズの調べにのせて、淡々とエピソードを織り込み、同時にアメリカの光と影をあぶり出している。
 J・エドガー・フーバーは1924年から1972年まで、8人の大統領に仕え、FBI長官の座についていた人物だ。映画は、人生の終盤にさしかかったフーバーが記者に回顧録を書き取りさせるところから始まる。
 レオナルド・ディカプリオが20代から70代までのフーバーを一人で演じたことは予備知識としてあったものの、いきなり老けメイクの彼が登場したので面食らってしまった。そこにいるのは、いかにも気難しそうな白髪まじりの老人。なんとなく、フィリップ・シーモア・ホウマンに似ている。「おー、予想以上に老けメイクが似合う」と思った瞬間から、こちらは映像に引き込まれていったのだった。

 FBIというのは、いわば<国家警察>であり、その使命は国家の安全を守ることだ。その大義名分のもとにあらゆる局面で権力を行使するといったイメージから、FBIには常に黒い疑惑がつきまとっていた。それは取りも直さず、フーバーが築き上げてきたFBIの姿なのだ。フーバーの指揮のもと、FBIの活動は組織犯罪の摘発や第二次世界大戦中のスパイ摘発、共産主義者の調査など多岐にわたった。それらは科学捜査や情報管理システムをいち早く導入したフーバーの手腕によるものだろう。犯罪者の指紋や犯罪歴の情報を管理し、著名人や大統領をはじめとする要人たちの情報を機密ファイルとして手中におさめた。大西洋単独横断飛行に成功したリンドバーグの長男誘拐殺人事件では指紋鑑定で犯人を割り出し、マーチン・ルーサー・キング牧師やマルコムXに対する監視、ケネディ大統領の盗聴も行っていたとされる。
 ある時期においては、フーバー率いるFBIは国民の目にはたくましく映っただろうし、国の安全が保障されているかに見えただろう。しかし、法を曲げてまで国家を守ろうとしたフーバーの狂信的な正義は、その後のアメリカの外敵に対する過剰防衛へとつながっていったともいえるのだ。
 それにしてもである。フーバーはなぜ、半世紀にも及ぶ長い年月を長官として、大統領をも脅えさせるほどの権力を握ることができたのだろうか。その不思議と、生涯独身だったフーバーの私生活の謎について、イーストウッドは独自のアプローチで紐解き、フーバーの人生に迫ってみせたのである。
 マザコン、ホモセクシュアル、異性装者、潔癖性、妄想狂といった噂や憶測。虚実に包まれたフーバーのパーソナル面の細かな描写が面白い。握手を交わしたあと、ハンカチで自分の手を拭くフーバー。支配的な母親に自分の不安を吐露し、彼女に叱咤激励されるフーバー。副長官と二人だけの時間を過ごすときの安堵と恥じらいを見せるフーバー。さらに献身的に尽くす女秘書との関係性など、フーバーの複雑な人物像が丹念に彫り上げられているのだ。演じるディカプリオは、公人としてのフーバーと、私人としてのJ・エドガーの表情や所作の数々を綿密に練り上げた。メイクの特異性を生かした、いや、それを超えた様々な表情に、ディカプリオが着々と積み上げてきた演技力が発揮されているのである。
 彼は2004年に『アビエイター』で大富豪の実業家ハワード・ヒューズを30歳で演じているが、このときは少なからず違和感を抱いたものだったが、あれから7年、ディカプリオはフーバーに成りきり、完全主義に徹したのだった。つるんとしたベビーフェイス、素のディカプリオを垣間みることはできないが、いい俳優になったなと、ある種の感慨に浸ることができた。
 イーストウッドはこれまでもケビン・コスナー、ショーン・ペン、アンジェリーナ・ジョリーといった人気スターを起用しても、脇を手堅い布陣で固めてくる監督だ。本作も脇役のキャスティングがいい。母親役のジュディ・リンチの徹底的な役作り、フーバーの個人秘書役のナオミ・ワッツのおさえぎみの演技、そして、副長官役のアーミー・ハマーは、これが2本目とは思えないほどのはまり役で魅力的だ。

 イーストウッド監督作品の中でも重厚な力作であるにもかかわらず、本作はアカデミー賞のどの部門にもノミネートされなかった。ディカプリオは過去に4度、アカデミー賞にノミネートされながら、未だ無冠。この作品のディカプリオの演技こそ、主演賞にふさわしいと思ったのだが、残念。作品に対するFBIからの政治的な圧力がかかったのか? などとミステリアスな想像も働いたが、もとよりイーストウッドにとってはそんなことは百も承知の?映画製作だったのだろうけれど....。
 ディカプリオは次回2作品でもアメリカの光と影を体現しようとしたのだろうか。演じたのは第26代大統領セオドア・ルーズベルトと、「グレート・ギャツビー」の主人公(ジェイ・ギャツビー)だ。後者は、何度か映像化されていて、わたしなどはリアルタイムで観たロバート・レッドフォード演じるギャツビーの印象が強かったので、果たしてどうなのだろうかと、少し心配だが、<華麗なるディカプリオ>が楽しみだ。
 そして、イーストウッドの次回監督作が、ビヨンセ主演のミュージカル『スタア誕生』とは、すごい。老いてますます元気なイーストウッドに乾杯!

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