空飛ぶタイヤ/池井戸潤


講談社文庫(上下) 各680円

『下町ロケット』で平成23年度年上半期の直木賞を受賞した池井戸潤は過去2回、同賞候補になっている。談合への取り締まりが厳しくなった時代に生き残りをかけて奔走する建設業界の内幕を描いた『鉄の骨』と、大手自動車会社のリコール隠し事件を扱った『空飛ぶタイヤ』。どちらもドラマ化されているが、わたしは2010年にNHKで放送された『鉄の骨』を面白く観た。
 池井戸潤の経済小説については、これまで読んだことがなかったが、ついに直木賞受賞の快挙ということで『下町ロケット』を買った。ところが、先に母が読み始めてしまったので、自分は『空飛ぶタイヤ』のほうを読むことにしたのだった。

『空飛ぶタイヤ』は走行中のトラックから脱落したタイヤが歩行者を直撃して死亡させた事故の責任を巡り、裁判で争われた事実をモデルにしたフィクションだ(実際の事件は、三菱自動車工業のタイヤ脱落事件で、リコール隠しとして世間の耳目を集めたので記憶に新しい)。
 最初は、事故の原因が小さな運送会社のトラックの整備不良として処理される。しかし、整備不良ではないことを確信した運送会社の社長が心ある人たちの助けを借りながら原因究明に乗り出し、やがて大手自動車メーカーのトラックのハブの部分に欠陥があったことが判明する(ここには自動車会社の内部告発もあるのだが)。
 池井戸潤は三菱銀行に勤務していたことから、銀行はもとより、系列の自動車会社内部の描写にリアリティがあり、とても分りやすい。そう、名聞名利ばかりを目指すエリート集団の傲慢さには、読んでいて憤りを感じたし、ここに描かれた大企業の思い上がりは、かの電力会社の実態をそのまま象徴するものではないかと。
 運送会社の社長は様々な困難に見舞われる。世間の風評、大口取引先の離反、融資の拒絶、警察の捜査と容疑者扱いされるだけでなく、小学生の息子が学校の盗難騒ぎに巻き込まれ、「父親が犯罪者だからその子どもも金を盗んだのだ」と心ない者たちにあらぬ嫌疑をかけられる。子どもたちの世界にも理不尽な大人たちが介入して混乱させてしまうのだ。
 胸にぐっときた社長の言動をあらわす描写のひとつがある。1億円の補償金で和解してほしいという自動車会社の提案に心が揺れて大いに迷うが、被害者の夫と子どもの姿が甦り、きっぱりと断るのだ。愚直なくらい正直であろうとするその姿に、清々しさを感じた。
 大手銀行などは破綻しても公的資金の注入で救われることがあるが、通常の民間企業では倒産しても政府は救ってくれない。しかし、踏ん張って再生できた会社はその分たくましくなっているのだ。ここに出てくる運送会社も踏ん張ってたくましくなっていく。私心を捨てたリーダーには迷いや不安はない。そう思った。
 善が悪に立ち向かっていくという単純なストーリーではない。この小説の面白さは、運送会社、大手自動車会社、大手銀行、マスコミ、警察といった組織に生きる者、そして被害者遺族といったそれぞれの立場における思い、決断、行動が丁寧に書き込まれた群像劇になっているところだ。ちなみに、この作品が直木賞候補になった136回直木賞は該当者なし。残念かつ不思議だ。

 本書の面白さにハマってしまった勢いで池井戸潤の『果つる底なき』と『不祥事』も読んだ。しかし、いまだ『下町ロケット』は読み終わっていない。以下、母とのやりとり。
「あら、まだ読んでなかったの?」
「ロケットとタイヤ、どっちが面白かった?」
「うーん、タイヤのほうかしら」
 そんな母のひとことが引っかかったわけでもないが、すでに『下町ロケット』を読んだ気になっている。2011年内に読もう。

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