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  257 続き。 : keity11月29日(金)23:41  [レス]  [削除]
先生の創作。部分的にジョアン・ミロのシュールなタッチを思い出す。
楽しくて可愛いモノクロヴァージョンかなあ(素人の感想)。
こういう作品も書かれるのかと、嬉しい驚き。

  256 書道展へ。 : keity11月29日(金)23:39  [レス]  [削除]
北海道書人展@札幌市民ギャラリー
書道教室の生徒さんが初出品で書人団賞を受賞。御本人は「びっくりしました。でも、すごい励みになりました」と。
筆二本を使って書いたという作品「寧楽」、堂々として好きだ。

  255 ウィレム・デフォーのゴッホ : keity11月29日(金)01:31  [レス]  [削除]
60代のウィレム・デフォーは30代のゴッホを演じても違和感がないほど、ゴッホになりきっていた。
こぼれるような笑顔を見せるシーンはほとんどなかったかもしれない。苦悩するゴッホ。悲嘆にくれるゴッホ。そして、耳切り事件がきっかけでサン=レミの精神病療養院に監禁されてしまうゴッホの表情は精神を病んでいるというよりは、あらゆる無理解に静かな抵抗をしているように見えるのだ。それはシュナーベルの演出というより、デフォーの自然かつ繊細な演技によるものだろう。他者とコミュニケーションが取れないゴッホは自然とは一体化し、絵を描いている時はとても自由である。そんなゴッホを表現したデフォーの演技は素晴らしかった。なんというか、時々、自分は画面の中に飛び込んで、デフォーのゴッホに話しかけたくなったのだった。

デフォーは、本作で4度目のオスカー候補となり、受賞するのではないかと思われたが、大ヒットした「ボヘミアン・ラプソディ」の主演男優に持っていかれてしまったので、なぜ??だった。もっともアカデミー賞はお祭り騒ぎのようなものだから(これ、私的感想)、しょうがない。

私がデフォーに注目したのは「ストリート・オブ・ファイアー」(84年)と「L.A大捜査線〜狼たちの街」(85年)の悪役だった。爬虫類的な不気味さとセクシーさを合わせ持っていて、大いにひきつけられた。そのまま悪役でいくのかと思いきや、「プラトーン」「最後の誘惑」などでは打って変わって、善き人を演じていた。「ワイルド・アット・ハート」の汚れ役はびっくり怪演だったけれど。B級映画のDVDに端役やゲスト出演の彼を発見したりしたが、劇場では彼の出演作を観る機会がめっきり減ってしまっていたので、この度の主演は嬉しい限りである。これまでの俳優人生の集大成とも言えるだろう。ラース・フォン・トリアー監督の「アンチクライスト」など、見逃していた作品をチェックしてみたくなった。

蛇足:昨夜のNHKBSプレミアム「黄色い煉瓦〜フランク・ロイド・ライトを騙した男」の煉瓦職人・久田吉之助役の安田顕の鬼気迫る演技を見ていて、この人ならゴッホを演じても面白いだろうなと思った。どんな役でもなりきってしまうから。ドラマ「俺の話は長い」の生田斗真の義兄役も味のある演技でいい。
またまた、長くなってしまった。
本日は激しく雪が降った。これは根雪になるね。寒かった。

  254 シュナーベルが描いたゴッホ。 : keity11月27日(水)01:56  [レス]  [削除]
映画「永遠の門 ゴッホの見た未来」を観てからというもの、ウィレム・デフォー演じるゴッホの表情、彼の目がとらえた風景、その絵画のような映像が脳裏に焼きついたままである。そして遠い昔に読んだ『ゴッホの手紙』や2005年に東京で観たゴッホ展の図録などを引っ張り出してパラパラとめくったりしながら、ゴッホのことを考えていた。

画家でもあるジュリアン・シュナーベル監督は、ゴッホがアルルに移住し、その後オベール・シュル・オワーズに移る最後の2年間の体験を描いている。ここで語られるのは、数奇な人生を生きた<狂気の人>としてではなく、太陽の光を浴び、黄金色に輝く麦畑を渡る風に歓喜し、野原を歩き回り、そしてキャンパスに向かうゴッホの姿なのだ。シュナーベルはゴッホの幸福だった時間を切り取って見せ、彼に寄せる敬愛を貫いているようにも思えるのだ。

ゴッホが画家を志したのは27歳。37歳という若さで命を落とすまで、その活動期間はわずか10年だ。彼の死については、一般には拳銃自殺というの定説だったが、近年は拳銃の暴発による事故死や他殺などの説も出てきて、不可解な点が多い。シュナーベルは自殺という解釈を避け、パリから拳銃を持って遊びに来ていた少年二人がゴッホの死に関わっていたとした。これもまたシュナーベルの慈愛なのかもしれない。

エンドロールにゴーギャンのモノローグが流れる(ここだけフランス語)。ゴーギャンが好きだった赤の上に、ゴッホが好きだった黄色の書体がのせられいく。そしてそれは紫に変化する。さすが、シュナーベル! 黄色の補色は紫。ゴッホの晩年の作品には、黄色と青、オレンジと青などの補色で描かれているものが多い。そして、紫には永遠という意味もあるので、この映画のタイトルにも結びつくのだ(シュナーベルはゴッホの晩年の作品「悲しむ老人:永遠の門」を映画のタイトルに選んだ)。紫といえば、プリンスを思い出してしまった。プリンスも永遠だ。

パンフレットによれば、シュナーベルはこの映画製作のために美術チームと共に130点を超えるゴッホの絵を描いたというから驚きだ。ウィレム・デフォーも彼に教えを受けて絵筆をとってキャンパスに向かったという。創作するとはどういうことなのか? ゴッホが作品を通して伝えたかったこととは? そんな思いでスタッフたちは模写し、映画づくりに臨んだのではないだろうか、と想像したくなる。
映画の中で、牧師に「なぜ、絵を描くのか」と問われ、「未来の人たちのために描いている」と答えるゴッホ。生前、1点しか売れなかった画家の言葉は胸に沁みわたったのだった。

ウィレム・デフォーのことを書こうと思っていたが、長くなってしまったので、今夜はこの辺で。

  253 日々雑感。 : keity11月19日(火)00:32  [レス]  [削除]
晩秋に降った雪は根雪になりそうでならない模様。このところ寒くて室温もついに20度まで下がったが、暖房はまだ必要がない模様。
母の三回忌の繰上げ法要も無事に終わり、ほっとしている今日この頃。前日まで雨風が吹き荒れていたので、当日の天気を心配したが、晴れた。昨年同様、今年も母は晴れ女だった。「無事に」とは言っても、ミスをひとつ。粗宴のフレンチフルコースが一人分足りなかった。係の人に言われて冷や汗。自分の分を勘定に入れるのを忘れてしまったのだ。フルコースの追加注文は無理で、ランチパスタのセットなら用意できるとのことで、施主の私は端の席で「ドジだった。でも一人分の不足でよかった。不幸中の幸い」などと思いながら、静かにパスタを食した。そして、思い出したのだった。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の一節、「アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ」を! いとをかし。でも、あちらはストイック、こちらはただのボケ。やれやれ。自宅ではアルコール類を口にすることがない生活なので、ひさしぶりに二次会と三次会で飲んだからなのか、朝までぐっすり眠ることができた。それは引っ越し以来初めてのことだった。メデタシ。

書道の練習をしていると5時間はあっという間に過ぎてしまう。今回は<課題>も<自由>もなかなか納得のいくものが書けず、往生している。気分転換にポール・シュレイダー監督の「魂のゆくえ」というDVDを観た。ちょっと、「タクシードライバー」に似た感じ。シュレイダー監督は「タクシードライバー」の脚本書いた人、頷ける。
「自然環境を破壊する人間に神の赦しはあるのか」「自分は何をすべきなのか」などと自問する牧師の葛藤が描かれている。真剣に観ていたのだが、途中でガクンと寝落ち、しかも椅子からコロンと落ちてしまって、びっくり、痛い〜。すぐに起き上がってリモコン早戻し。ところが再び寝落ち、同じように椅子からコロンと落ちてしまった。こんなこと初めてである。オカルト現象?。早戻ししないで、続きを観ていると、なんと空中浮揚のシーン。そっちは浮いて、こっちは落ちて。変なの。なんだか、「魂のゆくえ」というタイトルがいけないなー。なんで椅子から落ちたのか。私の魂は、抜け殻に。いやはや。不思議。腰や股関節の痛みは落ちた時だけで、大事ない。不幸中の幸い。苦笑。

  252 鉄、朽ちる。 : keity11月05日(火)20:44  [レス]  [削除]
午前中、急激な睡魔に襲われ、体もだるかったのでベッドへ。友人からの電話で目が覚めた。時計を見ると、4時を回っていた。5時間以上眠っていたことになる。ひゃー、である。その間、一度も目を覚まさなかったから不思議。すっかり予定が狂ってしまい、やれやれ。
「こっちも急に気温が低くなってきたから、体調管理、気をつけて」と友人に言われる。室温は26度。外はけっこう寒いのだろう。小一時間、友人と喋っていたら、少し元気になった。
ローカルニュースが、NHK室蘭放送局の鉄製モニュメント「FURAI」(篠原勝之さん制作)が老朽化のため解体され、26年の歴史に幕を閉じたと伝える。御本人も作品への思いなどを語っていた。昨日、写真の整理をしていて、室蘭に行った時に撮った写真のファイルに「クマさん」のモニュメントを見つけ、いつかこれも朽ちてなくなるのだろうな、写真の処分は保留にしようなどと思ったので、今夜のこのニュースにびっくりした。

*写真ファイルのラベルには1993年5月とある(モニュメントが完成した3カ月後に撮った計算になる)。
まだデジカメではなかった。
「FURAI」は室蘭の風と地球岬、NHKのアンテナをモチーフにした高さ20メートルの作品だった。

  251 続き。 : keity11月05日(火)01:04  [レス]  [削除]
桐のタンスの引き出しの中に、母が作った小物やバッグや帯などの絽刺しの作品?が入っている(画像:加工は業者さん)。母が絽刺しをしていたのは40年以上も前だ。私のためにという母の思いがそのひと刺し、ひと刺しに溢れている、と言ったら大げさなのだけれど....。
もらっても、使用する機会がなく、今日に至っている。これらは、処分することができない。だから、お財布や小物入れなどは和服を着た時に、使おうと思う。着付け、忘れてしまったかも。落ち着いたら、試しに着てみよう。笑。

写真の整理。これが大変である。趣味で撮った写真をどうするか。当時はポジで撮って、ご丁寧にスライドマウント。どっさり。これの整理をする前に、20代、30代の自分が写っているものは、一部だけよけて、処分。特に宴会や飲み会などの写真は、楽しそうな分、よっぱけて阿保みたいに見えるのだ。その頃の自分はさすがに若かったなー。7歳下の友人も、その類の写真の大半は処分したという。旅行の写真は保留に。
そして、姪っ子たちの写真、これがまたすごい量である。あの頃、叔母バカしていて、撮りまくっていた。これらは1枚も捨てられないので、保留。
俗に言う終活って、どのくらいまで整理するものなのかな。個人差があるから、自分のは、終活以前の整理なのかなー。笑。

  250 雑感。 : keity11月04日(月)23:52  [レス]  [削除]
あちこち整理していて、いろいろと不要品が出てくる。はー、ゴミ背負って引っ越してきたのかと思いたくもなるが、あの時その時は、これはとっておこうと思い、不要品に分類しなかったのだから、しょうがない。まだまだ雑誌や本を含めて紙類の多いこと。仕事で集めた資料の数々や雑誌の切り抜きファイルなど、あれ、まだ処分していなかったんだーと呆れて分別する。途中、懐かしい切り抜きなどをついつい読み始めてしまい、あー、いかんいかんと作業を続ける。

トランクルームに積み上げられたダンボールの中身を見て、どんどん整理。ダンボール2個を空にして、少し片付いた気になってしまうから、甘い。

頂きものはもったいなくて、すぐには使わずにとっておく場合がある。ノートブックの類(画像)もそれ。これらは用途に応じて、どんどん使うことにした。
縦罫、白無地、横罫、そして、半分画集のようなダイアリー形式(横尾忠則展で買った)の4パターン。
たまったポストカードや便箋や封筒の類はまとめて不要品というわけにもいかず、保留。

  249 re[248]:映画感想、2昨品。 : keity11月04日(月)01:15  [レス]  [削除]
taka-Gさん、こんばんは。
ラストにくる「〇〇さんにとってプロフェッショナルとは?」の問いかけが気持ち悪かった、というか、全てが紋切り型なので、ね。笑。

taka-Gさんの「クラウド・アトラス」の見方、まさにその通りなのだと思います。
「インターステラー」も面白く観ました。「幽霊じゃない。重力だ」というセリフにハッとなったのを始め、宇宙物理学のワードがたくさん出てきたので、再度、観てみます。笑。
「クラウド・アトラス」も「インターステラー」も、SFでしか描けない人間の行動が興味深かったです。そしてまた、人間も地球も苦難を経験しなければ進化していけない......、といったようなことを感じました。

  248 re[242]:映画感想、2昨品。 : taka-G11月03日(日)14:08  [レス]  [削除]
お疲れ様です。そうなんですよね、プロフェッショナルっちゃみんなそうなわけで、敷居の高さみたいなもんを設けて「特別」みたいな描き方にめっちゃ抵抗あります。肩書きなんてどーでもいいわけで。「クラウドアトラス」クラクラしますよね。どうなってんだろうと。ボクは続けて3回観ました。1つの魂が様々な時代でそれなりな境遇を体験し、欠けてたものを経験し統合へ向かっていく。。そんな観方をボクはしてました。

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