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  72 その2。 : keity10月19日(金)23:41  [レス]  [削除]
公園では親子が遊んでいた。
滑り台の男の子に挨拶すると、恥ずかしそうにニコッとした。

  71 色づく木々。 : keity10月19日(金)23:37  [レス]  [削除]
朝夕、めっきり冷えてきて紅葉が進む札幌の今日このごろ。
徒歩20分ぐらいのところにコーチャンフォーがあるのは知っていたが、いつか行こうと思っているうちに時だけが経っていた。
欲しいCDと本があったので、テクテク歩いて行ってみた。コーチャンフォーまで約4000歩。
店内、あまりの広さにびっくりする。
須賀敦子の『霧のむこうに住みたい』と『一茶俳句集』を買ってからCDコーナーヘ。目的の洋楽CDは残念ながらなかった。洋楽の品揃えはいまいちかもしれない。
ステーショナリーのほうも見たいと思ったが、それはまた後日ということにして、早々に巨大な建物を出た。
こんな巨大な複合施設ができれば、近場の書店が次から次へと姿を消すのも頷ける。
初めて行った公園の木々がほどよく色づき、撮影。
途中、中学校の校舎から部活動のトランペットの音色が聞こえてきて、なんとも懐かしい気持ちになった。

  70 おまけ。 : keity10月17日(水)16:37  [レス]  [削除]
庭のキノコ。
8年前だったか、造園の人に「ボリボリですよ。食べられます」と言われて、2回ほど食べたが、7年前からお願いしている女性の庭師さんには「これはボリボリではないです。食べないほうがいいですよ」と言われた。
だから、もう何年も生えっぱなしにしている。そこで、いま、ボリボリ(ナラタケ)の画像をじっくり見てみたが、庭のキノコのようにブツブツがない。さらに調べていくと、これはスギタケではないか、と。。画像がそっくりだ。
「食用だが、アルコールといっしょに食べると悪酔いし、体質によっては中毒を起こすこともあるので避けたほうが無難なキノコ」とあった。いやはや。いずれにしてもキノコ、素人の見立てを鵜呑みにするのが怖いなーと思う。

  69 ベニテングダケ。 : keity10月17日(水)16:07  [レス]  [削除]
散歩の途中で、毎年同じようなところに生えていたベニテングダケを探したが、ひとつも出会えなかった。
ところが、公園を散歩していると、トイレの裏にベニテングダケを見つけた。
昔に出会ったものはもっと鮮やかな紅色だったように記憶している。これもまた枯葉に混じるとけっこう可愛いらしく見える。
調べてみたら、この毒キノコ、高原の白樺の林に生えるとあった。なるほど、この辺りの野原、公園には白樺が多い。納得。

  68 虹。 : keity10月17日(水)15:58  [レス]  [削除]
牧場から北の空を見ると、虹が出ていた。
昨日見た虹は綺麗な弧を描いていた。

  67 散歩へ。 : keity10月17日(水)15:55  [レス]  [削除]
昨日は1500歩しか歩いていないので、本日は少し歩こうと思い、昼下がりに散歩へ。
牧場に可愛いポニーを2頭見つけた。声をかけたが、見向きもせず、もくもくと、パクパクと草を食んでいた。

  66 古い賛美歌集と詩集。 : keity10月16日(火)17:04  [レス]  [削除]
母が札幌の教会に通っていたころの賛美歌集は表紙がはずれ、中身も茶褐色。詩集も同様。母と詩集がどうも結びつかなかったので、生前、何気なく聞いてみたことがある。「ゲーテの詩はいいなあと思って....」という答えだった。字音仮名遣い。いずれも人生社という版元で、昭和24年の改訂版だ。訳者が松山敏。彼について検索してみたら、本名は松山悦三で、戦後は筆名の敏で執筆し、翻訳もある。没年は不明。いろいろ調べていたら、詩集はいずれも昭和17年が初版ということがわかった。こんなことをしているとなかなか、整理は進まないのだけれど、面白いのでついつい.....。

ゲーテは中学生のときに「若きウェルテルの悩み」を読んだものだった。詩劇「ファウスト」、全集から引っ張りだして読んでみようかと。これもまた屋根裏にあるので、多分、小さな虫がついているだろう。虫干しをするか、殺虫剤か。それより、世界文学全集をどうするかが問題だ。そもそも昭和40年代に出版された全集など、周囲には読む人がいないようなので、アジアや中近東あたりの珍しい?巻だけ残して資源ゴミに出そうか。いや、残しておいても読むだろうか、自分。全集だけでなく、本はさらに処分していかないと、引っ越しのとき大変だ。などと、思案。

  65 父の古いノートなど....。 : keity10月16日(火)15:12  [レス]  [削除]
屋根裏に、父の大学時代や会社員時代の仕事に関するノート数十冊を束ねたものがいくつもあった。普通、引っ越しを契機に処分するような物たちだが、父は捨てられずにいて、そのうち忘れてしまい、生前に整理することも思いつかなかったようだ。
以前、作家の大御所がテレビで「断捨離とかいっているけれど、ぼくは捨てることはないと思う。何十年も経ってからそれらを見つけるとホッコリするんですよ。だから、物はとっておいたらいいんです」と言っていた。
父は何十年経っても見ることも手に取ることもなかったので、ホッコリすることもなく、それらは束ねられたまま何度も移動しても押し入れや屋根裏の片隅で眠っていたわけだ。

ノート数冊を撮影し、大半は処分するしかなかった。さて、父の日記帳をどうするか。父は現役時代、ビジネス手帳は別にして日記をつける習慣はなく、退職してからつけていたようだ。わたしは友人に親の日記のことを聞いてみた。「母親の日記帳は何十冊もあり、読むのも憚られたのですべて処分した」とのことだった。自分の日記帳は一年以上前に処分してしまったのだが.......。

日記帳といえば、母は父と一緒に日記帳を買っていたが、年末まで続けたことはない。毎日つけたのはせいぜい1月ぐらいで、その後は、気が向いたときにポツポツと。父は、その日の出来事や事象についての見解などを整然とびっしりと書き込んだ。誰かに読まれることを想定して書いたのではないかと思うほどで、少々気恥ずかしい感じだ。
それに比べて、母の日記帳はだいたいが1、2行だけ。父の死後のある年の日記帳をパラパラめくっていると、「探し物が見つかりました。お父さん、ありがとうございます」という文章(何を探していたのだろうか。よほど大事な物だったらしい)。また、あるときは「主人は、ほとんど愚痴を言わない人だったと感心する」とある。日付を見ると父の月命日だった。なんだか、母らしいなとホッコリすると同時に、少しばかりしんみりしてしまった。

写真の整理もしなければならない。昔の写真とか、軍服姿の父の写真とか、どうしようかと悩むようなものは後回しということで.....。

  64 新芽が出た! : keity10月12日(金)16:52  [レス]  [削除]
ウンベラータの茎を見てみたら、なんと新芽がふたつ出ていた。
ヘアサロンの店主が言ったとおりだ。先端は枯れているのに、丈夫なのね。
戸外では枯れていく草木が多いこの時季に、室内で新芽を発見できてうれしく思う。

かな書道、連綿体は難しいけれど面白い。
食卓テーブルに書道セットを置いておき、日に数回、練習をする。集中すると昼食もとらずにあっという間に時間が経ってしまう。母もそうだったらしい。
遅い昼食をとってから、テレビをつけてBSを見てみると、小津安二郎の「東京暮色」だった。後半の1時間を観てしまった。あまり評価されなかった作品で、ユーモアのかけらもなく、家族の崩壊が描かれ、ずしんと重くて暗いテーマ。
ここでもラスト、笠智衆は一人残されてしまうのだった。

  63 おまけ。 : keity10月11日(木)22:15  [レス]  [削除]
2週間前の大通公園の噴水の池。可憐な落ち葉。
今はもう庭の紅葉もずいぶん落ちてしまったなー。

そして、我がウンベラータはとうとう茎だけになってしまったが、ときどき水やりはしていた。
そもそもウンベラータを育てたいと思ったきっかけは、通い続けている近くのヘアサロンで見つけて気に入ったから。
先週、お店に行ったとき、店主に「ウンベラータ、地震の揺れで落っこちてどんどん葉が枯れて、いまでは茎だけになってしまいました」と告げたところ、「大丈夫。ウンベラータはとても強いので、待っていれば、葉が出てきますよ」とうれしい返答。彼女はとっても博識なのだ。いろいろな疑問を解決?してくれるのである。
店主の言葉を信じて、ウンベラータの茎をじっと観察するこのごろ。あまり見つめると、恥ずかしがって出てこないかもしれない。ちらっと見るだけにしよう....。

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