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  187 中秋の名月。 : keity09月14日(土)01:02  [レス]  [削除]
引っ越して初めてベランダから月を見た。
薄く雲に覆われるが、すぐに顔を出す。
それはくっきり綺麗である。
コンデジで撮ると、まるで朧月のよう。

  186 テレビがやってきた! : keity09月11日(水)02:03  [レス]  [削除]
ところが不良品だった。
初期設定の画面が出てこないとのこと。 BSと4Kは観られるが、地上波は観られない。レコーダーの番組表からチャンネルを選ぶと観ることはできる。「こんなの初めてです」と配達の人が言う。日曜日に交換に来るとのことで、やれやれ。
それでも、DVD『ビール・ストリートの恋人たち』(2018年)を観る。邦題はロマンチックだが、内容はかなりシビアである。無実の罪で捉えらえた青年とその恋人が<純愛>を力にして差別に立ち向かう姿が描かれている。とはいえ、冤罪を証明してハッピーエンドにはならず、減刑嘆願とはあまりにも悲しい。黒人というだけで犯罪者にされてしまうという理不尽。しかし、これが現実であるということを物語る。
展開は極めて静かだ。映像も音楽もいい。コルトレーンやマイルス・ディヴィスなどジャズが流れる。ニーナ・シモンの歌声は胸に響いた。
監督は佳作『ムーンライト』のバリー・ジェンキンズで、同じくブラッド・ピットが製作総指揮。

  185 おまけ。 : keity09月10日(火)01:06  [レス]  [削除]
午前中、ベランダから見た空。
空といえば、引っ越してから、ベランダから月を見ていないような.....。
それにしても、随分と日が短くなってしまった。

  184 映画感想。 : keity09月10日(火)00:59  [レス]  [削除]
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
クエンティン・タランティーノ監督昨品、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの初共演。
1969年のロサンゼルスが舞台である。
アメリカの60年代は、既存の価値観が壊れ、伝統に対する革新、カウンター・カルチャーが沸き起こった時代だった。公民権運動や女性解放運動、ベトナム反戦運動などは若者文化に影響を与えた。とりわけ69年には、60年代のクライマックスとして象徴的なウッドストック・フェスティバルやアポロ11号の月面着陸があった。映画『イージー・ライダー』も公開された。(日本公開は70年)。そして忘れられないのが、女優のシャロン・テート惨殺事件だった。この事件はアメリカ社会のみならず、世界中に衝撃を与えたものだった。
本作は、そのシャロン・テート事件がベースにある。
ハリウッドで栄光を取り戻したいとする落ち目のテレビ俳優リック(ディカプリオ)と彼のアシスタント&専属スタントマンのクリフ(ピット)の友情を軸とし、随所に事件の伏線を張りながら、69年のハリウッド最後の瞬間を捉えようとしている。リックとクリフは架空の人物で、リックの隣家にロマン・ポランスキー監督とシャロン・テートの夫妻が引っ越してくるというシチュエーションが、第一の伏線と思える。リアルタイムで生きていた観客をニヤリとさせるような、テレビ番組や映画についてのエピソードが当時の音楽に乗って随所に顔を出す。
タランティーノはCGを使わず、当時のロサンゼルスの街を再現し、とても臨場感がある。
ラスト30分は予想だにしなかった展開で、タランティーノは鮮やかに歴史的な事実をすり替えて見せたのだ。映画の中にあって、シャロン・テートは永遠に輝く存在であると.......。
ディカプリオ45歳とピット56歳。リアルタイムで映画を観つづけてきた者として、もうそんなになるのかと、感慨深い。二人とも自然に年を重ねて、演技も充実している。ピット、まだまだカッコいいので、安心した。
1969年、私は17歳だった。社会の変動を感じながらも、地方都市に住む高校生にとって、映画や音楽や読書は非日常の楽しみだったのだと、今にして思う。
最近は映画を観てもパンフレットを買わなくなってしまったが、この度久しぶりに買った。なかなか充実した内容で、読み応えたっぷりだ。

日曜日だったので、シネマフロンティアは大変な混雑ぶり。券売機は長蛇の列。眼鏡店に行く前にチケット2人分をゲットしてよかった。本作、13時10分の上映は、老若男女でほぼ満席だった。
「ロケットマン」も劇場で観てみたいが、友人は「エルトン・ジョンは特に好きではないのでパス」とのことで、只今、検討中。
それにしても、昨日、今日と札幌も気温が30度を超えて暑い。

  183 カラヴァッジョ展。 : keity09月08日(日)23:12  [レス]  [削除]
当初、展示が予定されていた41昨品(カラヴァッジョ10点、同時代の画家31点)のうち、カラヴァッジョの昨品2点(「瞑想するアシッジの聖フランチェスコ」「女占い師」)を含む8点が未着という状況で開催された本展。全作品が揃ってから行くつもりだったが、目処が立ちそうにないので土曜日に行ってきた。想像していたよりも観覧者は少なく、ゆっくり鑑賞することができた。
本展には出品されていないが、初期に描かれた<果物籠を持つ少年>の絵が好きなので、<リュート弾き>(日本初公開とのこと)を観て、ほんわかうっとりとしてしまったが、ポスターにもなった<病めるバッカス>の自画像は肌が土気色をして、表情もどこか不気味であるにもかかわらず、惹きつけられてしまうから不思議だ。
宗教画にしても、一点だけ出品された静物画にしても、光と影(あるいは闇)のコントラストが強烈であり、細部に至る徹底した写実も鮮やかだ。『マグダラのマリアの法悦』の聖女の頬に光る涙の粒。まるで本物の涙を置いたようにリアルなので感動した。
バロック絵画の革命児、天才と謳われた一方で、殺人、逃亡、流浪の果て、熱病にかかって38歳で人生を終えたカラヴァッジョ。彼の昨品世界は、狂乱の人生や人格と不可分に結びついたものだ。
そして、彼が生きた16世紀末のイタリアの社会を知ることによって、昨品に表現された聖書の主題についても理解できるのかもしれない。
物販コーナーで、「私はちょっと気持ち悪いから、買わない」と言う年配の女性。一方で、ダヴィデに髪をつかまれた生首が登場する『ダヴィデとゴリアテ』という昨品のクリアファイルを手にとって「どうせ買うならこれがインパクトあっていいね」と言い合う若い女性二人。カラヴァッジョは好き嫌いが分かれる画家でもあるのだなーと。
帰りにデレク・ジャーマン監督の『カラヴァッジョ』を観たくなり、DVDを借りようと思ったが、テレビが壊れていることを思い出したのだった(笑)。

  182 re[181]:テレビ故障。 : keity09月06日(金)22:33  [レス]  [削除]
taka-Gさんも「ブラタモリ」をご覧になっているのですね。私も同じく企画によってNスペ観ます。
今夜、書道の練習した後、筆でいたずら書きをしながら、iPadでプロ野球のスコア速報を観たら、千賀投手があとアウト2つでノーヒットノーランという状況だったので、応援。見事に達成しました。こういう時、テレビが故障っていうのは、寂しいものです。(笑)
1年前のこの時間、テレビはおろか、地震のためブラックアウトで、小さな電気スタンドとラジオが頼りでした。


  181 re[180]:テレビ故障。 : taka-G09月06日(金)12:52  [レス]  [削除]
ボクもテレビはあまり見なくなってしまいました。企画によって「Nスペ」、あとは「ブラタモリ」と「ポツンと一軒家」だけかも。w

  180 テレビ故障。 : keity09月03日(火)18:49  [レス]  [削除]
昨日の昼頃、突然、テレビが映らなくなった。電源プラグを抜いて差し込んでも、電源ランプと明るさセンサーランプが交互に点滅するだけ。
修理相談センターに電話して状況を説明したところ、故障とのことで、「修理代は25000円ぐらいになるので、購入したほうがいいかと」と。何しろ、2006年に母が購入したテレビなので、そろそろ買い替えどきだったのだ。

「これを機会にテレビのない生活」を想像してみた。
○現在気に入っている番組が観られなくなる。例えば、「ブラタモリ」や「らららクラシック」「世界はほしいモノであふれている」「日曜美術館」、連ドラ2、3本(「これは経費では落ちません!」「サギデカ」「two weeks」など・笑)、また、ドキュメンタリーやBSの映画も観られなくなる。
○ブルーデイやDVDが観られなくなる(パソコンの小さな画面ではますます目が悪くなる)。
それらを諦めて、新しい習慣に切り替えればいいのだろう。そして、「テレビのない生活にしたので、地上波もBSも受信料を支払う理由がなくなりました。よろしく」と言ってみようか。
これまでの人生を振り返り、テレビのない生活は寮生時代の2年ぐらいか。食堂にはテレビはあったが、観た記憶がない。テレビのある生活を60年以上続けてきたわけだ。すごい。自分にとってテレビって、いったい何?なければないなりに生活できるとは思うのだが......。

つらつらと小一時間ばかりいろいろ思いを巡らせた結果、<観たい欲求>に勝てず(笑)、やはり買おうと決めて札幌駅前の量販店へ。
今のテレビと同じメーカーの4K45V型に決めたが、在庫がなく、1週間後に届く。増税前の買い替えキャンペーン中だから新製品は品薄なのだろう。
そして今日になって、どうせ買うなら、50V型にすればよかったかなと心揺らぐ.....。いったい何考えているんだか自分、あきれてしまう。

テレビが届くまで1週間だけ、テレビのない生活となるのだった。

*画像は札幌競馬場のスターティング・ゲート。通り抜けを体験。意外に狭く、ここでスタートを待つお馬ちゃんは何を思うのだろうかと、ちょっと切なくなった。

  179 読了。 : keity09月03日(火)01:16  [レス]  [削除]
奥田英朗の「罪の轍」。
東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年の浅草で発生した男児誘拐事件をベースに、その犯人と思しき二十歳の青年の視点、事件を追う警察側の視点、さらに副次的な要素となる山谷の旅館の娘の視点で描かれた骨太の犯罪ミステリーだ。北海道の礼文島に始まり、山谷、熱海、新宿、青函連絡船、上野など、移動する風景を巧みなストーリーテリングによって浮かび上がらせていくところなど、松本清張作品に通じるものがある。また、貧困、親の虐待によるトラウマ体験、事件後のマスコミの取材のあり方や庶民感情、警察内部の縄張り争いなど、ここに描写される事象の数々はそのまま現代に重なってくる。
すでに著者には「オリンピックの身代金」(2008年刊)という作品がある。昭和39年、東大の大学院生がオリンピックの建設現場に出稼ぎに来ていた兄の急死をきっかけに、飯場に住み込み、底辺の生活を目の当たりにする。格差社会への憤り、怒りを爆発させ、国を相手に身代金を要求するという話だった。時代背景や多数の登場人物たちの丁寧な描写、ストーリー展開も巧みで一気に読んだものだった。
本作も時代背景は昭和30年代。高度経済成長の総仕上げとして東京オリンピックが象徴的だが、他方では都市への一極集中、経済的格差など、時代の急激な変化による歪みも生じていた。時代の光と影をとらえて、前作とは違ったアプローチで、「罪とはなんぞや」の問いをこちらに投げかけた、とでも書けばいいのかな。途中、何度かこみ上げてきた......。それにしても、奥田英朗は多彩な作品を生み出す作家だなと感心してしまう。
『罪の轍』の初出は小説新潮で、2016年10月号から2019年3月号まで、「霧の向こう」というタイトルで掲載されたが、タイトルは『罪の轍』に改題してよかったと思う。
多分、奥田氏は東京大会開催の決定後から、本作の構想を練っていたのではないだろうか。東京五輪の前年に出版ということも、版元が意図してのことだろう。憶測だが....。
個人的には、来年の東京大会については理解できないままだ。そして、現代もまた様々な問題が山積したままだなと痛感する。
次から次へと取り留めなく書きたいことが出てきてしまいそう。ネタばれになってしまうので、この辺りで止めよう。
最後に、『オリンピックの身代金』はドラマ化され、正直なところ、半分がっかりしたので、これは映像化して欲しくないのだけれど、どうなのかな。一体、誰があの二十歳の青年を演じきれるというのか。特にドラマだと、CMでぶつ切りにされることもあり、つまらない。
また、読者としては安易に警察小説としてのシリーズ化も望まない。とまあ、勝手に書いてしまった。

  178 初めての競馬体験。 : keity09月02日(月)00:05  [レス]  [削除]
札幌競馬の最終日だった。好天、日差し強し。
午前9時に到着すると、ビギナーズセミナーで馬券の買い方を教えてもらう。馬券の種類は1着の馬を当てる単勝から1着、2着、3着の馬を着順通りに当てる3連単までいろいろなタイプがあり、記入するマークカードも緑、青、赤の3種類。ビギナーは緑のカードで。
ガイドさんに案内されて、パドックでレース前の競走馬の状態を観察。まずは100円で単勝を狙う。マークカードに記入し、馬券を買ってから、レースを観戦。二人とも見事に外れ。ビギナーの中にはいきなり当たって100円が1800円になった人もいた。
最終日ということで午後4時20分からの芝コース開放を狙って、それまでは時間つぶし。
ランチ後、10レースの<すずらん賞>も単勝と馬連の馬券を買ったがいずれも外れ。そして、最終の4時5分スタートの12レース。パドックで競走馬を観察。どの馬が勝てそうか、予想なんてできない。馬の名前で選ぶことにした。ちょうど、自分に関連した?馬の名前を二つ見つけた。ライジングドラゴンとスズカロングだ。1着と2着の馬の組み合わせの馬単。早速、馬券売り場へ行って100円を投入するも、スタート1分前だったのに時間切れとのことで100円が返却された。がっかりして、レースを見届ける。
なんとなんと、私が選んだライジングドラゴン(3番人気)とスズカロング(6番人気)、仲良く1着と2着だって。これって、偶然? わーと喜んでも、馬券買えなかったというマヌケぶり。100円を元手に払戻し金3800円になったはずなのに。「残念、もったいなかったねー」と友人。これがビギナーの体験というもの。
競馬は難しい。
「俺、もう9000円もすってしまったよ。なんとか取り返したいな」と言っているおじさんの声がした。目の前で階段を踏み外して転倒したおじさん、「大丈夫、大丈夫」と言って立ち上がった。気をつけてほしい。
芝コースを歩く。想像以上に芝が長くて驚いた。
朝から夕方まで、15602歩。さすがに疲れた。けれども、サラブレッドたちの一生懸命走る姿に感動を覚えたのだった。

*画像は12レースで1着になったライジングドラゴン(レース前のパドックにて)。引き馬は二人がかりで、割と気性が荒そうだった。何周目かで、この馬と目と目が合って、嬉しかった。

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