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  26 「こんな夜更けにバナナかよ」の映画化 : keity06月24日(日)23:16  [レス]  [削除]
原作者は渡辺一史さん。大宅壮一賞と講談社ノンフィクション賞を受賞したのは、14年前のことなので、最初、映画化のことを知って、ピンとこなかったし、驚いた。
あの長い長いノンフィクション、筋ジストロフィーと闘い続けた鹿野さんの強烈な個性、生き様、介護の現場、濃密な人間関係がどう描かれるのか、楽しみだ。
公式サイトをのぞいてみたら、鹿野さんを演じるのは、大泉洋。かなり、びっくり。ちょっと想像できない。豊川悦司が若ければ適役だと思うし、なにしろ演技力があるので、なりきってしまうだろうなと。あと、オダギリジョーもいいと思うのだが、大泉洋という人気者を当ててきたのね。共演に、三浦春馬、高畑充希。舞台は札幌なので、オール北海道ロケ。冬に公開。

なにはともあれ、一史くん、映画化、おめでとう、よかったね! まさに、本は生き物ですね!

  25 「ラスト・ワルツ」を観る。 : keity06月24日(日)17:21  [レス]  [削除]
ザ・バンドの解散コンサートの様子とインタビューを収めたマーチン・スコセッシ監督の「ラスト・ワルツ」が初めて公開されたのは、1978年。それから40年、デジタル・リマスターの映像で甦ることになった。東京では4月に公開され、北海道はようやく札幌のみで23日から1週間、シアターキノで1日1回夜の上映だ(2K上映)
初日の昨日、3歳下の友人と行ってきた。

わたしは、残念ながら「ラスト・ワルツ」をリアルタアイムでは観ていないが、確か、30年前にワーナーの業務試写(LD発売のための?)で観て、自分もLDを購入し、何度も観たが、それも遠い昔のこと。

なんというか、冒頭から、ラストワルツのテーマ曲からウルウルしてしまい、涙がこみ上げてきた。
ザ・バンドはもちろん、ステージに登場する(当日までゲストは知らされていなかったという)ミュージシャンの演奏、本当に感動的だった。ニール・ヤングもクラプトンもマディ・ウォーターズ(「マニッシュ・ボーイ」のカッコいいこと!)もジョニ・ミッチェルもボブ・ディランもヴァン・モリソンもドクター・ジョンも、みんなみんな熱唱。ニール・ダイヤモンドの「ドライ・ユア・アイズ」の力強い歌声に、元気出してもう少し頑張ってみようよ、自分!などと思ったり。。
ザ・バンドの音楽はブルースやソウルやカントリーなどを飲み込んだような懐の深いロックなので、ステージも温かく、ストレートに訴えてくるものがあるのだった。
嗚呼、「ラスト・ワルツ」は一つの時代の終焉だったんだね。
こちらも人生を重ねてきたいまだからこそ、ことのほか、感慨も深かく、観に行ってよかったと。。

8割〜9割の入りで、わたしと同世代、もしくはそれより上の世代の人たちが多く(ご夫婦らしきカップルも)、あとはロック好きの青年というあたりで、やはり、男性客のほうが多かった。

昨日は帰宅してからバーボンでも飲みながら「ラストワルツ」のCDを聴きたい気分になっていたが、あいにくバーボンはなかったし、映画の余韻にひたるためにCDも聴かなかった。それで、いま、CDを聴きながらこれを書いていたのだった。

画像は、四つ折りパンフ。広げるとポスターに。

  24 皮膚科と眼科へ。 : keity06月23日(土)14:22  [レス]  [削除]
草刈りをしているときにグローブをつけていたにもかかわらず、右手人差し指にチクリと痛みを感じたので、薬を塗って放っておいたら、腫れと痛みが出てきて10日経っても改善しないので、切開はいやだなと思いながら、先日、皮膚科へ。やはり、虫刺されとのことで、抗生剤と塗り薬を処方される。3日で治るとのことで、確かに腫れも痛みも軽減されたが、押すと何となく痛いような。。ひょっとして、関節が?などと不安はつのるが日常生活には支障がないので、まっいいかあ。

翌日は、眼科へ。
7年くらい前のこと。母と一緒に2、3回通院したことがある小さな眼科クリニックで軽い白内障になっていると言われて、加齢だからしょうがないと思ったが、黄斑変性の疑いもあると言われてびっくり。女医さんが「高脂血症かな。内科を紹介するから、行ってみて」といわれた通り、その小さなクリニックで検査したところ高脂血症ではなかった。そのことを伝えると、女医さんは「白内障の手術はうちではできなから、ほかの病院を紹介するからね」と。ええ〜?? なんというか、不思議なネットワークだ。ここだけの診断では不安だわ、眼科を変えたいと思っているうちに、時が過ぎてしまった。
最近になって、いよいよ、眼底検査してもらおうと、大きな眼科病院へ。視力検査、眼底検査の結果、黄斑変性ではなく、白内障も特に問題はなく、手術も必要なしとの診断。「加齢による白内障は本人が不便と感じなければ手術は必要ないし、80歳以上ではほぼ100パーセントの人に症状が出てくる。それよりも視力が落ちているので眼鏡を変えたほうがいい」とのこと。メガネは数年に一度変えたほうがいいとも。
思えば、遠近両用メガネを作ってから8年も経過していた。昨年、パソコンや読書用に遠近両用は使いづらいということで、中近両用メガネを作った。しかし、外出用の遠近両用メガネ、両目でも視力が0.4まで落ちていたことを今回知り、医師は中近メガネがあるのなら、遠近両用をやめて遠用メガネにしたほうがいいと。左右の視力の差がけっこうあるので、調節もたいへんということで、両目で0.7まで見えるレンズに。
処方箋をもらってその足で百貨店に入っている創業100年をこえる老舗のメガネ店へ。この際だからと、父も母も利用していた大手メガネ店から切り替えてみた。すると、同じメーカーの超薄型レンズがほぼ半額。いまかけているのは、スクエア型の赤いセルフレームだが、今回選んだのは<マリメッコ>のボストン型メタルフレームの赤。フレームからはみ出すレンズの加工もサービスしてくれ、合計金額もこれまでのメガネ店よりも半額近く安くなった。もっとも、遠近両用レンズのほうが価格は高いが、それでもかなり安くなったので、よかった。出来上がりまで、約1週間。フレームを合わせたときはいい感じだと思っても、レンズが入ったものをかけると印象が違ってくるので、楽しみな反面、心配でもある。それは毎度のことだが。。。

コンタクトレンズ(使用30余年)からメガネに切り変えて、14年。わたしのようなド近眼は不便なうえ(温泉やプールでは眼鏡なしだと不安だとか。。)、超薄型レンズのためお金もかかる。それでも、メガネに変えてよかったと、いまでは思っている。以前、友人に「メガネにして、元の自分の顔に戻りたいと思わないの?」と聞かれたが、本来の顔はどちらなのか、よくわからない、というのが正直なところ。。。
考えてみると、この世に生まれでたときも、この世を去り棺桶に納まるときもメガネはかけない。それだけは確かなことだ。


  23 読了。 : keity06月18日(月)20:42  [レス]  [削除]
「不時着する流星たち」小川洋子著。

10話からなる短編集である。それぞれの作品の核となるのは、著者が興味をもった人物や事象、たとえばヘンリー・ダーガーやグレン・グールド、牧野富太郎、<バルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表>などをモチーフに、独特な視点と解釈で作り上げる世界である。
第1話の「誘惑の女王」は、<私>が年のはなれた血のつながりのない姉のエピソードを子ども時代に遡って語る。それらの一つ一つが事実だとしても、あるいは<私>の作り話だとしても、遠い記憶の中の風変わりな姉への興味を掻き立てられた妹の心象風景が広がり、幻想的で不思議な味わいをもつ。そして、作品の最後に、著者自身が書いたヘンリー・ダーガーという人物についてふれている。ああ、そういうことなのか、とあらためて著者の想像力と表現力にため息すら出てくるのだった。
10話目の「十三人きょうだい」、切なくも優しい語り口でとても印象深く、好みの作品だ。これは植物学者の牧野富太郎をモチーフにしている。ここで初めて、昭和2年に牧野が妻の寿衛子が亡くなり、仙台で見つけた笹に寿衛子笹(スエコザサ)と命名したという事実を知る。そして、牧野は「雑草という名の植物はない」と発言したんだね。ほんと、そのとおりだと思う。
それにしても小川洋子、短編集に「不時着する流星たち」とは素敵なタイトルをつけたもんだなーと、つくづく感心する。不時着だよー、想像力が跳びはねってどこに着陸するかわからないのだよね。そんな短編集なのである。

それで、夕方、名前はついているがわたしが詳しく知らないだけの草たちを刈りながら、複雑な思いに駆られてしまう。みんな与えられた命を生きているのだった。
おまけに小一時間ほどの草刈りが終わって家に入ろうとしたら、大きなハチ(多分、スズメバチ)がブーンブーンと寄ってきたので、思わず「わああ」と声を出し、あわててドアを開けて中へ。昨年、玄関灯にアシナガバチの巣を作られてしまったので、やはり、ハチはこわい。それがスズメバチとあってはなおさらだ。

BGMは、小川洋子もモチーフに一本書いているのだからと思って探したのは、グレン・グールド。やっと見つかったよ、「ゴールドベルク変奏曲」!

  22 おまけ。 : keity06月18日(月)15:21  [レス]  [削除]
年々増えるばかりのシャスターデージーたちの席巻。もはや、雑草と化してしまったのか。
雑草の成長が早くて、困る。。。
夕方、草刈りしよう。

BGMは、どういうわけか、ランディ・ニューマンのレコード「ランド・オブ・ドリームス」を大音量で。彼のアルバムはこれ1枚しか持っていない。20年ぶりぐらいで聴いてみた。

  21 素朴な質問。 : keity06月18日(月)15:02  [レス]  [削除]
先日、買い物の帰り道、小学1、2年生ぐらいの男の子二人が、人家のブロック塀の一点を熱心に見ている。私が近づくと、一人の男の子が「こんにちは!」と声をかけてきたので、「こんにちは」と応える。すると、彼は「ねえねえ、これハチでしょ?」。指差す先には、羽アリのような虫がいた。「うーん、ハチではないと思うけどね」と返すと、「ハチだよ。これをつぶしたら、ハチミツが出てくるんでしょ?」と聞いてくるので、一瞬、返答につまったが「危険でしょ。もし、刺されたら痛いし、つぶされたら虫も痛いし、つぶさないほうがいいと思う」と言ってみると、二人の男の子は「やー」とか「わー」とか奇声を発したかと思うと、車道に飛び出した。後ろに車が見えたので「車がー。危ないから気をつけてー」とわたしは声を張り上げた。クラクションが遠慮がちに鳴らされ、男の子たちは元気よくジグザクに走っていった。

画像は、ようやく開花した庭の芍薬。

  20 祭りと絵画展。 : keity06月18日(月)14:05  [レス]  [削除]
友人が水彩画を出品しているというので「北の会作品展」へ。
待ち合わせ場所をめざしていると、ちょうど札幌駅前通り、南一条通りを神輿と山車が練り歩いてた。北海道神宮祭開催中なのだった。札幌に住むこと通算20年近くになるが、初めての見物。シャッターをバシャバシャ切る。なんとなく、懐かしい光景である。東京にいたときに数回取材した波除神社のつきじ獅子祭を思い出してしまった。威勢のいいかけ声が飛び交う法被姿の神輿担ぎが粋だった。
友人と三人、さいとうGallaryで絵画鑑賞。札幌出身の洋画家夫妻、八木保次・伸子さんの七回忌の記念として、かつての教え子たちが集った展示会だ。友人が描いた百合の花には「熱情」というタイトルがつけてあった。これまで基調としていた青緑をから一転して、背景に暖色系を大胆に塗込めた。本人曰く「実はこれ、青緑の前に描いた絵なんだよね」。
その後、初めて訪れた<ワールドブックカフェ>でランチ。満席状態。予約していてよかった。2時半を過ぎても入り口付近に何人も並んでいた。

  19 再び、映画感想。 : keity06月15日(金)19:36  [レス]  [削除]
「ビューティフル・デイ」@ディノスシネマズ
ホアキン・フェニックス主演ということで観たかった映画。彼が演じるのは、元軍人で行方不明者の捜索を請け負うことを生業としている男だ。冒頭、ベッドでビニール袋を頭にかぶり、苦しそうにもがく男の姿が映し出される。これは、ひょっとして?男には、少年時代に受けた父親の虐待、戦場やFBIの潜入捜査官時代に見た犯罪現場の残像に悩まされ、自殺願望もある。寡黙な男の無表情が物語る、生と死の狭間の虚無的な日常。そんな男の元に舞い込んだ州上院議員からの依頼は、十代の娘を裏社会の売春組織から取り戻してほしいというものだった........。彼を少女救出に駆り立てたのは、怒りと悲しみから生まれた新たな力なのだろう。そう思いたい。
余計な説明を一切排除したスタイリッシュな映像と、ジョニー・グリーンウッドの精緻な音楽が見事に融合している。先日観た「ファントム・スレッド」ではクラシカルな旋律で映像を彩ったグリーンウッド、ここではストリングスの不協和音、変拍子を多用したリズムを刻み、男の複雑な内面に迫っているのだ。
監督は「少年は残酷な弓を射る」のリン・ラムジー、女性である。前作のそれは気になっていて見逃したので、是非ともDVDで観てみたい。
本作については、ホアキンをはじめ書きたいことがいろいろあるので(ネタバレになるかもしれないが)、長文を当HPのCinemaにアップしようかと思案中。何年も更新していないので、アップの方法、忘れてしまったかもしれない(苦笑)。。。

  18 映画感想。 : keity06月10日(日)02:09  [レス]  [削除]
先日観たのは「ファントム・スレッド」@ディノスシネマズ
ダニエル・デイ=ルイスの引退作だというが、信じられない。
本作で彼が演じるのは、1950年代の英国で活躍するファッション・デザイナーである。
冒頭シーン、朝の身支度をする彼の姿に目が釘付けになってしまう。まずは髭を剃り、次に顔のむだ毛を処理していく。なんと、鼻毛や耳穴あたりの毛まで小さなハサミで切るその所作でさえ、顔と手指が美しいので優雅である。たとえば、他の誰かが同じことをしても、それはただのおっさんの鼻毛切りになってしまうだろう(失礼!)。そして丁寧に髪を梳かし、渋めのチェルシー・ピンクっぽい長めのソックスを履き、ネクタイをしめる。このシーンだけで、うっとりしてしまうのだ。
そんな彼が訪れた小さなレストランで働く若いウェイトレスの理想的な体型に一目惚れし、彼女をモデルとしてドレスを作っていく。完全主義者の彼は仕事も私生活も自分の流儀を貫き、他者を受け付けない頑さがあり、一方の彼女はモデルとしての自分ではなく、生身の女として愛されたいと願う。いつしか女の少々エキセントリックな言動が、男の内面に変化もたらしていく。そのプロセスが実に巧妙にじわりじわりと描かれていて、どきどきする。男と女の心理的な駆け引きの先にあるのは何か? 意表をつく結末が待っている。
彼にとって彼女はミューズなのか、ファムファタールなのか。いずれにしても、こんなにいびつでストイックで官能的で少し滑稽な<ラブストーリー>は初めてだ。
登場するオートクチュールの数々は目を見はるばかりの美しさで、ため息が出てくるほど。また、レディオヘッドのメンバーのジョニー・グリーンウッドのクラシカルな音楽は物語に濃淡の趣きを添えている。
嗚呼、これを最後にデイ・ルイスの新作を見られないというのは、本当に寂しいやら悲しいやら。。。
観客は女性が多く、男性は5人ほどだった。
予告編で、フランソワ・オゾン監督の「2重螺旋の恋人」が流れた。双子の男二人(精神分析医)と女の話。昔観た「戦慄の絆」を思い出す。面白そうだ。
わ、時間はあっというまに過ぎていくのね。

*画像はパンフレットの中面。

  17 読了。 : keity06月09日(土)21:08  [レス]  [削除]
昨年、刊行されてすぐに買った村上春樹の「騎士団長殺し」をようやく読んだ。何んというか、これまでになく疲れを感じた。それほど感銘も受けなかった。果 たして、この物語、上巻下巻にする必要があったのか?という疑問。読者にとっては少なからず不満のあるところだが、作者にとっては何一つ無駄なものはない といいたいのかもしれない。何年ぶりかの彼の書き下ろし長編なので上巻下巻で売り出そうという出版社の戦略が見え隠れしているように感じられて、少しばか り興ざめか(あくまで個人的、すみません)。

主人公は妻に別れを告げられた肖像画を描く画家である。住む人のいなくなった友人の実家に越 して来て、屋根裏に友人の父が描いたと思われる絵画を見つける。「騎士団長殺し」というタイトルで、そこに描かれているのは夥しい血、剣を持った二人の男 は老いた騎士団長と若い男、穴の中から長い顔をのぞかせた男、そして女もいる。端的にいえば、絵の中の人物が飛び出して、主人公と関わりを持っていく話だ。主人公をとりまく人物の言動や彼の過去と現実の時間を交えた、イデア(観念)とメタファー(隠喩)のせめぎあいの冒険譚、あるいは奇譚、ファンタジーというか。。。 村上春樹がこれまでに描いたいくつかの長編の特徴的手法をシェイクしたような作品にも思えて、新鮮さが感じられなかった。しかし、そうはいっても、構成は緻密で、着想も文章もすぐれているし、洞察力もある。ハルキワールド全開。ファンタジーの世界。上巻の前半部はけっこうわくわくしていたのだけれどね。読むには読んだが、ラストは丸く収めてしまったという感じがしてならない。なぜだろうか?わからない。

細かいところでは、主人公が描く何点かの肖像画の描写から、それがどんな絵画なのか、イメージできなかった。フォルムはなんとなくイメージできても色彩のほうをイメージできなかった。嗚呼、自分には想像力がないのだな、頭が錆び付いてしまったかなとがっかりもした。
そんなこんなで、もう一度読めば、この作品の面白さがわかるのだろうか、と混沌状態。

そのあと、一年ぐらい積ん読状態にあった小川洋子の「不時着する流星たち」を読み始めたのだった。

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