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発言番号967
名 前keity
タイトル身辺整理の途中で。
コメント文藝春秋発行の文芸誌「文学界」の第65回下期の新人賞中間発表の一次予選通過に自分の名前が出ていて、とてもうれしく思ったものだった(昭和62年秋)。太字が二次予選通過だ。いま、あらためて見てみると、なんと同じ段に人気作家の重松清さんのお名前(太字)があった。彼も新人賞に応募していたのだった。調べてみたら、この回の新人賞は重松さんではなかったが、数年後、彼は「エイジ」で山本周五郎賞を、翌年には直木賞を受賞している。自分は初めて応募したので、予選通過に気を良くし、さらに頑張れば、二次通過できるかもしれない、などと期待した。しかし、そんなに甘い世界ではないのだね。翌年、一次も通過せず、実力のなさを痛感し、あきらめた。そこそこの野心は日々の泡と共に消え去ったのだった。ちなみにそのとき応募した作品のタイトルは「季節はずれの日常」という、今思えば、的はずれの、よくわからないものだった。
この「文学界」には、作家の山川健一さんが「ノルウェイの森」について寄稿している。率直な感想が山川さんらしいというか。たとえば、こうだ。「ひとりの素晴らしい女性の記憶を抱きながら生きていくよりも、まったくひどい女だったぜ、どこかにもっとマシな女がいるはずだよな、と思いたいほうだ。そして、恋愛をしても少しも成長することなく、同じ過ちを繰り返しながら、ふと気がついたら、七十歳だった、というほうがずっといい」。思わず笑ってしまった。山川さん、文藝春秋からの原稿依頼はこれが初めだったという。昭和のラストの懐かしい思い出である。

*「ゴッホ展〜巡りゆく日本の夢」は明日までなのね。行けそうもない。残念だけれど、仕方がない。行った友人は「うーーん」から始まり、感想を述べた。なるほど、かつて道立近代美術館で観た「セザンヌ主義」で抱いた感想と似ていた。しかし、展覧会は盛況だったらしいので、それはそれで、けっこうなことだと思う。
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